フェアウェイ文学 ― エイジシューターへの道

児童文学作家・仲村比呂が綴る、 エイジシュートを夢見る大人のゴルフ記録。

バーチャルゴルフで100を切った男が、稲武で111を叩いた話

前回、バーチャルゴルフで100を切った。

それも、偶然ではなく、何度かやっているうちに、だんだんスコアがまとまってきた。
TOPTRACER RANGEの画面の中では、ドライバーもそこそこ飛ぶ。アイアンも、まあまあ真っ直ぐ行く。パットも、実際のゴルフよりはやさしい気がする。

これは、ひょっとすると、今度こそ本番でもいけるのではないか。

そう思った。

いや、正直に言えば、かなり思った。

もちろん、そこまで自分を過信していたわけではない。
こちらはハンディ30前後をうろつく、由緒正しきへたれゴルファーである。
ただ、バーチャルとはいえ、18ホールを回って100を切ったのだ。何かしらの成果は出るだろう。少なくとも、今までよりは落ち着いて回れるだろう。

そういう、控えめで、つつましい期待があった。

しかし、ゴルフというものは、そんな人間の小さな期待を実にあっさりと踏みつぶしてくる。

結果は、111。

数字の並びだけは良かった。
ワン、ワン、ワン。
犬ならかわいい。
ゴルフなら、ただの惨敗である。

しかも、この日はスコアを意識しすぎたせいか、ドライバーの飛距離まで落ちた。
練習場では、それなりに振れていたはずなのに、コースに出ると急に小さくなる。
身体も小さくなる。
心も小さくなる。
財布の中身まで小さくなった気がする。

いいことがない。

バーチャルで100を切った男が、現実の芝の上では111を叩く。
これが、ゴルフである。

稲武カントリークラブのグリーンに敗れる

今回の舞台は、稲武カントリークラブ。

標高もあり、空気もよく、景色も悪くない。
むしろ、ゴルフ場としては気持ちのいい場所である。
ただ、どうも自分とは相性が良くない。

特にグリーン。

これが、どうにも好きになれない。

高速グリーンと言ってしまえば、それまでである。
速いグリーンは、上手い人にとっては面白いのだろう。
タッチを合わせ、ラインを読み、球がカップへ吸い込まれていく。
そういうゴルフは、見ている分には美しい。

しかし、こちらは違う。

打てば行きすぎる。
緩めれば届かない。
カップの横を通り過ぎたボールが、どこまでもどこまでも転がっていく。
あれはもはや、ボールではなく、人生の不安である。

「少し触っただけなのに、なぜそんなに行く」

何度もそう思った。

もちろん、すべてをグリーンのせいにしたいわけではない。
いや、本当はしたい。
今日の自分は悪くない。全部グリーンが悪い。そう言ってしまえば楽なもんだ

だが、最終的には自分の責任である。

パット数は40。

だいたいスコアの40パーセント以内にパット数が収まれば、まあ合格という話を聞いたことがある。
111の40パーセントなら、44.4。
そう考えれば、40パットは一応、範囲内ではある。

しかし、分母が111では、どうにも胸を張りづらい。

「パットは悪くなかった」と言いたい。
でも、その前に111という数字が、どんと座っている。

バーチャルゴルフと現実の最大の違い

バーチャルゴルフと現実の最大の違い

今回、実際にコースを回って、改めて感じたことがある。

バーチャルゴルフと本物のゴルフの最大の違いは、やはりアプローチだと思う。

ドライバーやアイアンは、まだ何となくつながる部分がある。
もちろん、本番では風もあるし、傾斜もあるし、足場も違う。
それでも、ある程度は数字で考えられる。

何ヤード飛んだ。
どれくらい曲がった。
打ち出し角はどうだった。
ボールスピードはどうだった。

そういうものは、バーチャルでもかなり分かる。

ところが、アプローチは違う。

どこに落とすか。
どれくらい転がるか。
芝にどれくらい食われるか。
少しフェースに乗った感じがあったか。
手前から入ったのか、クリーンに入ったのか。
グリーンが受けているのか、奥へ下っているのか。
ボールは止まるのか、止まらないのか。

このあたりは、やはり数字だけではどうにもならない。

実際のグリーン周りには、空気がある。
芝の抵抗がある。
朝露の名残がある。
人間の弱気がある。

特に最後のものが大きい。

「ここは寄せたい」
「できればワンパット圏内に」
「いや、せめてグリーンには乗せたい」
「トップだけはやめてくれ」
「チャックリもやめてくれ」

そんなことを考えているうちに、だいたいチャックリする。

ゴルフの神様は、こちらの心の声をよく聞いている。
聞かなくていいところまで、きっちり聞いている。

バーチャルゴルフでは、アプローチの結果も画面に出る。
距離も出る。転がりも出る。
それはそれで、かなりよく出来ていると思う。

ただ、あの「嫌な予感」は再現できない。

クラブを短く持って、ボールの前に立ち、グリーンの傾斜を見て、ピンまでの距離を見て、後ろのバンカーを見て、そこで急に心が小さくなる。
あの感じ。

あれは、まだ機械には難しいのではないか。

結局、スポーツはアナログなのかもしれない

バーチャルゴルフは楽しい。

これは間違いない。
今回の結果が悪かったからといって、バーチャルゴルフを否定する気はまったくない。
むしろ、かなり優れものだと思う。

練習場でただ球を打つだけではなく、コースを想定して打てる。
番手を選ぶ。
距離を考える。
次のショットを考える。
そういう意味では、ただの打ちっぱなしよりずっと実戦的である。

特に、ハンディ30前後の人間にはいい。
自分のように、練習場では急に名手になり、コースでは急に別人になるタイプには、かなり役に立つ。

ただ、それでも、最後に残るものがある。

感触である。

これは、デジタルではなかなか置き換えられない。

足の裏で感じる傾斜。
グリップを握ったときの湿り気。
ラフに沈んだボールの嫌な沈黙。
パターの芯を外したときの、手に残る情けない振動。
風が吹いた瞬間に、予定していた番手が急に信用できなくなるあの感じ。

こういうものは、数字にはできる。
データにもできる。
たぶん、かなり正確に解析もできる。

でも、身体が納得するかどうかは、また別の話である。

ゴルフは、デジタルとアナログが共存しているスポーツだと思う。

飛距離も、弾道も、スピン量も、今はかなり分かる。
スマホで動画も撮れる。
AIに相談すれば、スイングの欠点まで教えてくれる。

それでも、最後にクラブを振るのは自分である。
短いパットを外すのも自分である。
打つ前に余計なことを考えるのも自分である。

便利になっても、下手なものは下手。
そこだけは、実に平等である。

悔しいので、少し文化論に逃げる

こうして書いていると、だんだん悔しさが戻ってくる。

バーチャルで100を切って、実戦で111。
普通に考えれば、練習の成果が出なかっただけである。

けれど、それをそのまま認めるとつらい。
だから、人は文化論へ逃げる。

デジタルとアナログの共存。
スポーツにおける身体性。
数値化できるものと、数値化できないもの。
近代技術と人間の感覚。

何とでも言える。

しかし、要するに、アプローチが寄らなかった。
パットが入りきらなかった。
ドライバーが飛ばなかった。
それだけである。

人間とは、実に悲しい。

でも、だからこそ、また行きたくなる。

もし、バーチャルゴルフの通りにコースでも簡単に100を切れてしまったら、それはそれでつまらないのかもしれない。
何度も裏切られるから、また練習する。
何度もがっかりするから、次こそはと思う。
ゴルフというのは、よく考えるとかなり意地の悪い遊びである。

そして、自分はその意地の悪い遊びに、まんまと付き合っている。

次は名倉カントリークラブへ

さて、次回は同じ設楽方面にある、名倉カントリークラブ。

初めての参上である。

初めてのコースというのは、いつも少し緊張する。
どんなホールがあるのか。
どんなグリーンなのか。
狭いのか、広いのか。
ドライバーを持っていいのか、やめた方がいいのか。

そして、また同じように、朝のうちは妙に期待しているのだろう。

今日は違う。
今日は落ち着いて回れる。
今日はアプローチを大事にする。
今日は無理をしない。
今日はパットを強く打ちすぎない。

ゴルフ場へ向かう車の中では、だいたい人は名人である。

問題は、一番ホールのティーグラウンドに立った瞬間に、その名人がどこかへ消えてしまうことだ。

次回、名倉カントリークラブの感触とともに、また報告させていただきます。

今回の教訓。

バーチャルゴルフは、とても楽しい。
練習にもなる。
数字も参考になる。
でも、芝の上の一打は、やっぱり別物である。

〝 バーチャルと 舐めてやっても ゴルフ下手 〟

 

前回の記事はこちら。
「バーチャルゴルフが、本当の実力を教えてくれた(TOPTRACER RANGEと親しくなる)」
次回は、名倉カントリークラブ初参戦の記録を書く予定です。