フェアウェイ文学 ― エイジシューターへの道

児童文学作家・仲村比呂が綴る、 エイジシュートを夢見る大人のゴルフ記録。

ぼんやり見られるスポーツが好きだった

男子のプロツアーを見なくなって久しい。

テレビで放送されなくなったこともあるし、国内で活躍した選手が次々と海外ツアーへ挑戦していくことも理由の一つだ。

もちろん、それは悪いことではない。

野球もサッカーもそうだ。実力があれば、より高い舞台へ行く。それはスポーツとして自然な流れなのだろう。それでも、どこか淋しい。

昔は、国内ツアーで賞金王争いを繰り広げ、その勢いのまま全英オープンやマスターズへ挑んでいく。

そんな物語を、一年かけて見守る楽しみがあった。

「だったら海外ツアーを見ればいいじゃないか」

そう言われるかもしれない。

ところが、それも昔ほど簡単ではない。

今では多くが有料配信になり、U-NEXTなどの動画配信サービスやスポーツ専門チャンネルに加入しなければ、なかなか見ることができない。

以前はゴルフネットワークで、毎週のように海外ツアーをライブ中継していた。

あの頃が少し懐かしい。

もっとも、本当に恋しいのはツアーそのものではないのかもしれない。

あの「日曜日の午後」なのだ。

昼ご飯を食べ終えて、何となくテレビをつける。

どこか遠くのゴルフ場の景色が映っている。

風が吹き、木々が揺れ、静かなアナウンサーの声が聞こえてくる。

家族はそれぞれ好きなことをしている。

自分は書き物をしたり、本を開いたり、お茶を飲んだりしながら、ときどきテレビに目を向ける。

ずっと集中して見ているわけではない。かといって、見ていないわけでもない。

そんな距離感が、とても好きだった。

最近のスポーツ中継は、少し忙しい。

サッカーもバレーボールも展開が速く、一瞬目を離すと試合が動いてしまう。

実況も演出も熱量が高い。それはそれで面白いのだけれど、見終わると少し疲れてしまう。

野球もそうだ。

以前はもっと静かなスポーツだったような気がする。

最近は中継そのものがショーになった。

映像も音楽も派手になり、実況も感情を大きく揺さぶる。

メジャーリーグを見ていても、賑やかというより、少し騒がしく感じることがある。

だから、ときどき実況も解説もほとんど入らないライブのみ映像に出会うと、ほっとする。

「ああ、野球ってこういうものだったな」

そんな気持ちになる。

ゴルフも同じだ。

私は、静かなゴルフ中継が好きだ。

ボールを打つ音。

風の音。

鳥の声。

ギャラリーの拍手。

そこへ、ときどき解説者がぼそぼそと話す。

そのくらいがちょうどいい。最近では岡本綾子さんの解説が好きだ。

必要以上に盛り上げない。聞いていて疲れない。

意外に宮里藍さんの端的な語り口もいい。

スポーツは、もちろん勝負だ。だから盛り上がる場面があっていい。

優勝争いの終盤などは、こちらまで息をのむ。

その瞬間だけは、大いに盛り上げてほしいとも思う。それはちょっとわがままかな。

けれど、それ以外の時間まで、ずっと興奮し続ける必要はないのではないか。

今はテレビも、YouTubeも、SNSも、「目を離させない」ことばかりを競っている。

次から次へと刺激が押し寄せてくる。

便利にはなった。退屈する時間も減った。

でも、その代わりに、何も考えず、ぼんやりする時間が少しずつ失われているような気がする。

私は、その「ぼんやり」が好きなのだ。

ぼんやり窓の外を見る時間。

ぼんやり本を読む時間。

ぼんやり散歩をする時間。

そして、ぼんやりゴルフ中継を見る時間。

それは、決して無駄な時間ではない。次に何かをするための、大切な時間だったのだと思う。

だから今でも、ときどき思い出す。

日曜日の昼下がり。

どこかのゴルフ場から流れてくる、静かな中継。

あの頃は、スポーツを見るというより、穏やかな時間そのものを見ていたのかもしれない。

 

〝 ぼんやりも できずに魅入る スポーツかな 〟