いつかはエイジシューターに

ソロゴルフを愛するヘタレゴルファーのブログです

やはり飛距離が落ちるのは辛い

定例の練習日。

 

やはり、クラブを全部取り替えても、スイングの改造をしても、筋トレもどきをしても、どうやっても飛距離が戻らない。

 

ある意味しょうがないと思っていたが、やはり現実に直面するとがっかりする自分がいる。

「ゴルフは、飛ばしてナンボ」。諦めきれない自分がいる。

 

もういいや、きれいでも、確実性もいらない。とにかく飛ばそう。遠くに、遙か遠くに。

 

老いとの戦いは、スコアではなく、飛距離だ。笑われてもいい。フルスイング。

と、昨日の、三井住友VISAマスターズのゴルフ中継を見て思った。

 

蝉川選手のスイングを真似しようっと。

 

“テレビ見て 自分も成れる気がする プロゴルファー”

 

 

 

 

すべてが言い訳106

いつもの、岐阜のホームコースでプレイ。快晴、快適。

 

今日は真剣にスコアを出すぞという思いから、朝一の一杯(昔は三杯)は控える。

しかし、いきなりダボ。そして、ショートでOB(その後、後半のショートでもOB)。


緊張感がほどけて、最初の茶店で一杯。

すると、とたんにアイアンの切れが戻り、好スコア。自分のゴルフは酔拳か・・・と自嘲する。

 

前半、あれだけ気合い入れていたのに、スコアは55。悲しい。言い訳すると、買い換えたアイアンセット(ローグST)の距離感がまだ合わない。ストロングロフトのはずが、前のX18(20年前に発売)と、番手が同じでも、大して距離が変わらない。

 

どうしてだ? なぞが深まる。まあ、練習不足ということなんだけど。

 

そして、何と言っても、ドライバーのティーショットが不安定。前にはほとんど出なかったチィーピンが連発。

何回か木に当たって助けられた(木さんごめんなさい)が、なぜかおかしい。

と、後半の15ホールで、ドライバーをまじまじと見たら、スリープ(ロフト・ライ角などを変えられる)が違っていた。

 

正しい位置だと思っていたら、揃えるラインが違っていて、+1度、アプルライトなっていた。ドライバーが変なのは当たり前だった。

 

しかし、気づくのが致命的に遅くて後の祭り。残り3ホールで盛り返すも。

結局後半51

 

トータル106

数年ぶりの100切りならず・・・残念。

 

自分の実力を直視するためにも、スコアカードはプライベートだろうと、悪かろうと何だろうと、全部出すのことを己に課しているので、そのまま提出する。

 

ハンディ30から下がるかもな・・・まあ、それも実力。

しかし、エイジシューターになるには、106歳まで生きなくてはならないのか。先は長い。

 

“ 百歳を超えて 生きるも ゴルフ道 “

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の練習

めっきり寒くなり、毎週のゴルフの練習も足が重くなりがちな季節到来。

毎週夫婦で定期的に練習に行くのだが。

 

これまで妻は、「冬は冬眠します」と一人勝手に宣言して、練習を行くのを辞めていたのが、今年はなぜか、「冬もバリバリやります」に変わり、真冬になっても一緒に行くことに。

 

やはり、練習って誰かと一緒の方が、断然楽しい。ただし、しゃべりすぎると他の「我とひたすら対話」系のゴルファーにも迷惑になるので、その加減が難しい。

 

その点、夫婦で行くと、うるさいと取られるような会話をしなくても済む。「ちゃんと準備体操しようか」、「コーヒー買ってくる」、「もう終わるの?」ぐらいの会話で終結する。

 

一人きりの淋しさと、おしゃべりで練習に集中できないのちょうど間で、ちょうどいい。

 

というわけで、やはり練習は季節関係なくやらないと。そのうち、「雨のラウンドは見学します」宣言も撤廃になるかも・・・淡い期待。

 

“ ゴルフとは 己との会話に 終始する “

 

25年前の名器でもない何でもないパターを再登板

先日、屈辱の111をたたき出した最大の要因であるパット。

そして、すかさず中古で買ったオデッセイの2ボールパターブレイド OG。

 

 あれから、毎日練習していて、何だかヘッドが軽いなあと思って、専用レンチで取って確かめてみると、15グラムのウエイトが入っていた。

 以前、ストロークラボシリーズのパターを使っていたとき、一番思いウエイト2つを入れて、70G増量していたので軽くて当然だった。

 さっそく、重くしようと思って、使っていたウエイトを必死に探してみるが見つからずに、仕方なくアマゾンで買うことに。

 すぐにお目当てが見つかったが、残念ながら2個セット。それも結構なお値段。

 もったいないと思ったけれど、ポチッとお急ぎ便で注文。

 欲しいと思ったらすぐ手に入れたくなる悪い癖。これが、ゴルフギア道楽の神髄。

 

 そんなとき、過去に使っていたクラブ入れ(中々捨てられない)を見ていたら、ホワイトホットスティール#5を発見。

 当時(今から25年前)、自分を含めて、ゴルファー全員と思うぐらいに、ホワイトホット#5(今も使っているプロもいますね)を使っていたので、へそ曲がりの自分は、改良版であるホワイトホットスティールを買った。

 

 店で試打した時から、ボールが入る入る。100パーセント。そして、不思議な打感。どこかパターの天才と呼ばれていたとき使っていたピンアンサーに似ている。

 そして、コースで奇跡のパット数40切りを果たす。

 しかし、その後この奇跡を目の辺りにした人たちが乗り換えてきた。そこで、嫌になった自分は、また新しいパターを探しの旅に・・・。

 それ以来、旅は現在まで続いているのだが、このうれしい記憶が一気に蘇ってきて、新しく来た、2ボールブレードと交互に打ってみる。

 

 やはりよく入る。新しいブレード君が青ざめるぐらいに。どうして、あのまま使い続けていなかったのか・・・。悔やんでも25年たってしまっている。

 

 だけど捨てがたしというわけで、ボロボロの姿になっていた老スティール君を再生させることに決める。

ゴルフパートナーで、グリップを換え、カバーを新調した。

 

今のところ、ホワイトホット2ボールブレイードをエースパターとするが、サブでこの蘇ったスティール君を使うことに決める。

 

 そして、ふと思った。

 パターって、いやゴルフクラブって、実はそれほど進化していないのでは・・・。

 中身が変わっていない、新製品ふうのものを買わされているだけなのでは・・・まるでアイフォンのように。

 でもいいか。楽しいし。

 

 “ゴルフギア 一目惚れは 危険なり“

 

 ではまた

 

 

 

 

 

 

久しぶりに 111

 数字だけを見ると、縁起がいい数字の並び。

けれど、これはゴルフのスコア。

 夏あれだけ練習して、110台とは。

良い天気、いい気温、ほぼ貸し切りというとびっきりの条件なのに・・・。

 とよくあるあるだけれど、言い訳すると。

 

キャロウェイのローグST MAX D・・・筆おろしだったのに。

私には合わなかった。

 スライサーにはぴったりと言うことだったが、確かにまっすぐには飛ぶ(ナチュラルフェードがかかる)。

 

 が、飛距離が・・・230ヤードも飛んでいない。

 

かつて、270ヤードは飛ばしていた私としては、がっかりどころか絶望感すら覚えた。

 

もちろんクラブのせいにしてはいけないし、できるレベルではないが。明らかに合っていない。ムキになって振り回したら、ドロップボールが頻発。

 

 一緒に回った人から「歳だね、歳」とからかわれる始末。

 

そして、もう一つ、パット。

3パット、4パット続発。

 

 キャロウェイのかつての唯一のオリジナルパター ツアーブルー TT2(約20年前のパター)

 

がまったく機能せず。

 

かくして、ドライバーは松山英樹プロが一時使っていた、グレイトビックバーサに戻し、パターは買い換えることに。

 

コースでの絶望感と失望感は、購買意欲を刺激する刺激する。

 

次の日、さっそくゴルフパートナーに行き、ローグST MAXドライバーとはお別れし、その資金で、パターを買う。

 

その昔使っていた、2ボールパターが目に入り、試打。入る入る。

そして、ブレード型を手に入れる。

ストロークラボのシャフト。赤い。

 

かつて、ストロークラボのパターは、合わなくて何回か買い換えた過去があるので、

嫌な予感がしたが、その打感で買うことに決めた。

 

ゴルフギア道楽は卒業したつもりが・・・。それにしても、型落ちドライバーがわずか、一万5千円とは・・・辛い。

そして、最新のパターってなんでこんなに高いのだろう。

 

昔は、一万円ぐらいだったのに・・・

 

と、言いながらほくほくしながら、お家に帰るのでした。

 

パター練習しようっと。

 

“ドライバー 新しき持ち主に 期待して“ 

 

 

 

 

 

 

文士がゴルフ?

  かつて、大岡昇平が、「文士とゴルフ」というエッセイを読んだことがある。かつて、小説家同士のコンペがあったと。
 

    同時に、石原慎太郎も、どこかのエッセイで、「文壇ゴルフコンペ」というのがあって、参加者の中にはその作風から、「おまえはゴルフをやってはいけないだろう」という、人が多く混じっていたと書いていた。
 

 小説に限らず、アーティスト、クリエーターとゴルフというのは、イメージ的に遠い。バリバリの反抗ロッカーが、趣味がゴルフだと言うと、どっかでがっかりする自分がいるのも確かだ。
 

 ゴルフは、どこか保守的で、スノッブで、権威的なイメージがあるし、事実そうなのかもしれない。

 だからこそ、どこかこれらに反する作品を作る人が、ゴルフをやるというのは、端から見てて違和感を感じるのだろう。
 

 そして、おそらくやっている本人も違和感を感じるに違いない。
 ただし、ゴルフというのはそんな保守とか、リベラルとか、スノッブとか清貧とかいう区分けを度外視して面白いスポーツなのは確かだ。
 

  ただ、面白いからやる。文士だろうが、ロッカーだろうが、それでいいのかもしれない。
 
 “ 蒼穹に 流星のごとく ボール飛び ”

 

 

 

才能がないってわかるのは、歳を取っても辛い

いつものように練習場へ。

 

結構、YouTubeでレッスンの動画を見たし、素振りを結構やった。

が、全然ボールが当たらない。

 

すべてが、自分を嫌って離れていくかように、みるみるスライスしていく。

ゴルファーって練習場に行って、だいたい失望するのが常態だろうけれど、絶望的な気分になる日も当然ある。

 

自分って才能無いな・・・と思うのは、若い頃はそれこどが若い者の特権であるけれど、歳を重ねて、自分って・・・と思うたびに慣れるどころか、人生すら悲観してしまうことが多い。

 

別にプロになるつもりもなければ、シングルにもなれないとわかっているのに、いちいち才能なんて言葉が出てくるのか・・・。

 

結局、死ぬまで、万事、自分って・・・ないなあ。の繰り返しかもしれない。

と、帰ってきた直後はそう思ったけれど、

 

やっぱり、練習しかないか・・・。

 

“絶望を 希望に変える わざ知らず“