フェアウェイ文学 ― エイジシューターへの道

児童文学作家・仲村比呂が綴る、 エイジシュートを夢見る大人のゴルフ記録。

「レッスン」を受けるか否か

 一応、少し暖かくなる三月までは、室内で素振り中心の練習にしようと思っていたが、ふいに朝起きたら、激しいストレスもあって、たまらなく打ちっぱなしに行きたくなって(時々こういうことがある)車を走らせた。
 

 気温は氷点下。練習場もまったく人気もなくまばら。確かにやっている方の人の方がどうかしている。
 

 毎日、三十分素振りをやっていたせいか、球は良く当たる。過去一番と言っていいほど。
 

 しかし、寒さも忘れていい気分のまま、アイアンからユーティリティ、ウッドと移っていき、最後にドライバーの番となった。

 結局、今回のドライバーの遍歴も、とにかく遠くに飛ばしたいというところから始まったものだが、結局今日も、ドライバーの不調は変わらず。というより、「飛ばない」。
 

 5番アイアイアンが、ヘッドスピード40越えあるのに、ドライバーもまったく同じ数値。飛距離もそれほど変わらない。ジャストミートした5番ウッドの方がよっぽど飛ぶほど。
 

 おかしい。これだけ、必死に動画を見てきても、練習しても飛距離が伸びない。
 そして、この日も、マン振りしてなんとかヘッドスピード42まで行って、飛距離220ヤードがいっぱいいっぱい。
 

 正直言って、がっかりした。いったい毎日の素振りはなんだったんだろう。
 YouTubeのゴルフレッスン動画はあらかた見尽くして、その練習法もすべてやってみた感があるので、やはりついに禁断の個人レッスンを受講すべきか。

 というところまで気持ちが追い込まれた。
 

 そんなの、世の中には無料レッスンなどいくらでもあるし、気安く受ければいいじゃないかという話もあるが、小説を書くのと同じで、我流で、もがきながら独学でうまくなるからこそ、面白いと思っているところもあるので、やはり二の足を踏む。
 

 しかし、今回の練習で救いがあるとしたら、鏡に映ったスイングのきれいさは、まあまあ自慢できるレベルにきたと思った。その朝の練習場に来ている人の中では、ダントツに一番だったと思う。まあ老人三人しかいなかったんだけど。

 しかし、いくらきれいなスイングが完成しても、遠くに飛ばないという現実。これいかに・・・。そんなことがあっていいのだろうか。
 
 と、「レッスン」という禁断の扉を開くかどうか、凍り付く練習場の中で決断を迫られた仲村でした。

 〝 飛ばしたい その思いだけは 凍らずに 〟